猫屋敷+

TRPGサークル グループねこぢゃらしの活動記録

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小話:風鈴 【職業、仕事人】 …KAZ-屋

 木を寄せて綾模様を織る。
 ふと、手にした道具の鈍い光に、もうひとつの『仕事』を思い出した。


 ソレは決まって風のない午後の、うだるような日差しの中。
 ソレは狙い済ましたかのように、家人の出払った静寂の中。
 今ここに居るのは「寄木細工職人の太一郎」でなくてはならないのに、その刃の白さを目の当たりにした途端、「暗殺者」としての自分と、その所業を思い出してしまう。



――考えてみりゃ、昼も夜もノミ振ってんだなぁ、俺。


――違うのは、砕くもんが木っ端を散らすか、血飛沫上げるか。それだけだ。



 昨夜の標的の、暖かい返り血を思い出して掌を確かめる。
 引き上げる途中でしっかりと落とした血の跡はもうない。
 ないのに。



――違いなんて、感じてるんだろうか?



 いつからか、手は人を殺すことに馴れ、己の着物を飾る返り血にも吐かなくなった。



――ひとを一人殺ったその昼に、もう何食わぬカオで木っ端を削っている…



 鬼になったのかもしれないと、思う瞬間。
 ソレを否定してくれる人は今誰もいない。


 ほんの一刻、気がつかないフリをして、目を瞑っていればいいだけなのに。
 騒がしいくらいに仲の良い子供たちや、縁日を冷やかしに行った女房が、もうすぐ帰ってくる。
 彼らさえいれば、こんな物思いは霧散する。


 なのに、今は掌に、あるはずのない血の一滴を、探すことをやめられない。

 黒く染まりそうなほど、鮮やかな朱を。



 ちりーん。



 不似合いなほど澄んだ、硝子の瀟洒な音が静かな土間に響いた。
 その音にはじかれ物思いから醒める。


 見上げた玄関には、光を背に立つおりんの姿。
 手には透き通った硝子に、赤と黄色の尾も鮮やかな金魚の模様が描かれた碗型の風鈴。


「いい音色でしょう?」
 太一郎の視線ににこりと笑ったおりんが、わざと風鈴を鳴らす。
 ちりん。ちりん。と涼を演出する音に少しずつ緊張が解ける。無意識に握り締めていたノミを、気づかれないように引き剥がした。

「随分と早かったじゃねぇか」
 パサリと、木屑を払いながら立ち上がる。
「なんか、この風鈴の音があんまり綺麗だから、早くあんたに聞かせてあげたくて」
 はい。と手渡される風鈴を指先に吊るして軽く揺らすと、さっきと同じようにちりん、となった。


 綺麗な、風鈴。 綺麗な、音。


 きっと、これを作った奴は、人を傷つけたことなどないのだろう。と妬みにも似た思いが掠める。
 綺麗な奴が作る、綺麗な硝子。
 だから、こんなにも、透き通った音色。



「――――だな」
「はい? 何か言いましたか?」
 太一郎の手から奪った風鈴を梁に下げてから、おりんが尋ねた。
「寄木細工なんて地味なモンじゃなくて、こう、風鈴みたいに綺麗なもんの職人になればよかったかなって、さ」
 おどけたように、吊るされた風鈴をつついて哂う。



 大違いだ。


 俺が作った細工たちはきっと、血の匂いがするに違いない。
 躊躇いもなく殺してきた、標的達の血の匂いが。
 脳裏に焼きついて離れない、お袋の血の匂いが。


 仇を討てとまとわりつく。
 咽るような、鉄の匂い。




「いやですよ」

 おりんの声が物思いを断ち切る。
 傍らを見ると、笑みを浮かべた瞳に出会った。


「イヤですよ、風鈴職人になんかなっちゃぁ。風鈴は夏の一時しか楽しめないけど、あんたの細工は何時だって何年だって、部屋のあちこちで私達を見守ってくれてるんですから」

 諭すように、あやすように、ころころと笑うようにおりんは続ける。

「折角あんたが作ってくれたものだもの。いつだって使っていたいし、髪を飾っておきたいじゃありませんか。いまさら職を移ったりしたら承知しませんよ」
 ぽんと、袖をたたく。
 結い上げられた髪に刺さるかんざしは、先日手隙のときに作ったものだ。
 彼女を飾るソレは、先ほどまで自分が見ていた血まみれの細工とは違う。
 同じ手が、同じように作ったものの筈なのに。なぜか違うように見えた。


「そうだな。風鈴、髪に刺して歩くわけにゃぁ、いかないもんな」
「あら、娘さんの簪には、そういうのもあるみたいですよ。夏っぽくて可愛いじゃない。…あたしも付けてみたい、かな」
「…さっきと言ってることが違うだろ? っつうか、むすめさんって年でもなかろうに」
「あら、ひどい!」
 おどけた会話が徐々に心を満たしてゆく。

「ただいまぁ! 父ちゃん父ちゃん、すごいんだぜっ、三吉さんとこの猫がな!」
「ねこがー。ねこがー」
 駆け込むように帰ってきた子供達を迎え、二人は目を合わせて笑った。
 明るい日差しの中、家には笑いが満ちている。

「ありがとよ、おりん」
 自分よりも低い位置にある肩にことりと額を乗せる。
 何を思うのかおりんも「やだよ、おっきな子供がいるよぉ」と囃しながらも振り払いはせず、じっと動かない。


「あーっ。父ちゃんずるいーっっ」
「ずるいー」
 母を取られまいと群がる子供達を抱き上げながら、騒々しくも愛しい家族に感謝する。



 いつか。

 血の匂いに浮かされて、この大切な家族を泣かすのかもしれない。
 無くすのかもしれない。


 愛しい家族よりも、堪えられぬ恨みの為に死ぬ日が来るかもしれない。



 けれど、それは「今」ではないから。


 まずは、このよじ登ってくる長男と、まとわりつく次男と、傍観する女房と、呆れ顔の親父を連れて六角屋で夕飯を食べよう。
 帰り道は遠回りして川原を歩こう。
 並べて敷いた布団の中で、子供達にお化けの話をしてやろう。


 風に揺れる風鈴の音を聞きながら。

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-了-
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2007年8月17日発行のコピー誌「職業、仕事人 番外編」収録作品

作:KAZ-屋

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