猫屋敷+

TRPGサークル グループねこぢゃらしの活動記録

小話:雨 【職業、仕事人】 …天崎李玖

 灰をといたような空色と。
 抑揚もなく振り続き雨は。
 情けなしと恨み言を涙まじりに言う、女のようだと。
 錦糸を手繰る手を止めた男は、外をみやると、そんなことを思った。

 ふいに。
 重たい雨音に、軽やかな足音が混ざるのに気づき、織上は引き戸に手をかけた。
 立て付けの悪いそれが、出し抜けに開き。
 訪問者はぽかんと口を開け、総髪の浪人を見上げる。
「わ。鞠のお師匠様…どうして鈴がくるの、わかったの?」
「お鈴ちゃんの足音は、それこそ鈴のように軽やかですからね。…この雨の中、どうしたんですか?」
 小さな体に不釣合いな傘を織上に渡すと、あめで色濃い袖にごそごそと手をやる。
 でてきたのは。
「おや、お饅頭ですか」
「お客さんがね、鈴にってくれたの。でも、鈴一人じゃ多すぎるの。でも、でも…太一郎のおじさんちは…」
 おじいちゃんと、おばちゃんと…
 小さな指が5回曲げられるのをみやり、織上は思わず苦笑する。
「そうですねぇ、太一郎さんちで食べるには少ないですね」
「うん。だからね、お師匠様と食べようと思ったの……思ったんだけど…」
 竹の皮に包まれたお団子は、ひとつ。
「…歩いてる途中、食べちゃった。だからこれはお師匠様のぶんなの」
 織上は差し出された竹の皮をしばし見つめ。
 受け取ったそれを、ひょいと、懐にしまいこむ。
「…食べないの?」
「一人で食べてもつまらないでしょう。六角屋で餡蜜をひとつ頼みましょうね。それはお鈴ちゃんの、で、このお団子は」
 私のです。
 形のよい頤に指をそえ、ほわりと笑う。
 つられた鈴に、笑顔の花が咲く。
「さぁて、いきましょうか」
「うん!」
 手をつなごうと、伸ばされた鈴の手が空をきる。
 いつもと違う所作に瞬く目の前に傘が差し出される。
「手をつないじゃうと、お鈴ちゃんが濡れちゃうんですよ。開いてもっていてくださいね…よっ、と」
「わ!」
 ひょい、と。
 傘を持つ鈴を抱き上げ、肩に乗せると。
 すたすたと歩き出す。
「これで、濡れません」
「わぁ、高いねぇ」
「ははは…雨脚が強いですからね、少し急ぎましょう」

 普段よりはるかに高い位置から、鈴は空を見上げる。
 灰と溶かしたような、重い空の色。

「雲が…なんだか、手が届きそうだね…鈴が大人になったら、触れるようになるかなぁ…」
「うーん…私力ないですからねぇ。お鈴ちゃんが大人になったら、肩に乗せられないと思います」
「…そっかぁ。残念だね」
「というかですねぇ、お鈴ちゃんが大人になったら、私なんかと一緒に歩いたりしないでしょう?」

 なんで?

 鈴が問う。

 もう少し、大人になればわかりますよ?

 織上があいまいに笑う。


「お師匠様は、たまに泣いてるみたいに笑うの」
「?…そんなことないでしょう?」
「ううん。すごく、寂しそうだよ」
「そんなつもりはないんですけどね…私は、あまり笑うのが上手じゃないんですよ」
「そうなの?」
「はい。ですから、お鈴ちゃんがたくさん笑って、お手本を見せてくれるとうれしいですね」
「そうなの?」
「そうです」
「そうなんだ…じゃあ、鈴、大人になってもお師匠様に笑ってあげるね。お師匠様もさみしいのじゃなく、ちゃんと鈴に笑ってくれるよう、練習してね」

 にこり。

 灰色の雨の中。
 淡く、こぼれる、りん、とした笑みは。
 雨にまみれても、やさしいあり方で。
 紫陽花のそれににていると。
 男は、そんなことを、思った。



PPP_shittoriajisai500.jpg

-了-
-----------
2007年8月17日発行のコピー誌「職業、仕事人 番外編」収録作品


作:天崎李玖


目次へ

関連記事

Leave a reply






管理者にだけ表示を許可する

該当の記事は見つかりませんでした。