猫屋敷+

TRPGサークル グループねこぢゃらしの活動記録

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小話:初夢【職業、仕事人】 …ふじもとたらう

神田の小料理屋、六角(むすみ)屋に件の三人が揃って姿を現したのは、薮入りの小正月も過ぎ、新春の賑わいに沸いていた町が常の形に収まった頃であった。


「そういや、なぁ。旦那方はどんな初夢、見たんだい」


寄木細工職人の太一郎が久々に顔をあわせて相席した町同心、そして当然の様に同じ卓に着いている長屋の隣人に尋ねたところ、


「俺は、見ていない」


相も変わらぬ仏頂面で応えたのは、これまた相も変わらぬ同心姿…浅黄鼠の小紋の袷に黒羽織をひっかけた崎山だ。
そもそも、ここ数年は夢なんぞを見た覚えが無ぇしなぁ、と。つまらなそうに猪口を傾ける。


「夢は見ない、ですか。旦那らしいですねぇ」


さもありなんとばかりに笑う総髪の浪人を、眉間のしわを一層深くした”旦那”が睨みつける。


「そういうお前はどうなんだ、織上の」

「私ですか。……ええと、どうでしたかねぇ」


崎山の剣呑なまなざしから逃れるように、ゆるりと中空に視線をめぐらせていた織上だったが。


「それがですねぇ。見たことは見たんですが……覚えて無いんですよ、これが」


それはもう、さっぱり。
誤魔化すようにへらりと笑う。

「何だ、それじゃあ意味が無いじゃないか。人のことは言えないだろう」
「はは。この中でちゃんとした”初夢”が見られたのは、太一郎さんだけのようですよ」
「うん…? どうしてそうなる」
「そうでなければ、こんな話を振ってきませんよ。ねぇ、太一郎さん?」

自然、自分へと向けられた怪訝そうな、あるいは好奇のまなざしに、太一郎はくうっと首をすくませた。
他のふたりより頭ひとつぶん身丈の高い太一郎だが、そうすると猫背なのも相まってやけに小さく見える。

「いや、そんな、聞いて面白いもんじゃ、なかったんだけどさ」

後ろ頭を掻きかき、気恥ずかしそうに場を見回すが、しかし助け舟は出ないと悟って観念する。


「なんつーか、その。いつも通り、だったんだよなぁ」


元気ものの妻女に賑やかな子供達、未だ現役の師である父親。

家族が居て、旦那方がいて。
いつものように六角屋の一角で、他愛のない世間話を肴に、酒を飲む。


そんな、ありふれた日常。


折角おりんのヤツが奮発して、宝船の絵を買ってくれたっていうのに…
つまんねぇ夢、見ちまった。

そう、ばつが悪そうに猪口に口をつけた太一郎は、杯の向こうに並ぶふたつの顔に、はっとする。


お上に仕える南町奉行所同心と、手鞠作りで日々を暮らす総髪の浪人。


姿かたち、まとう雰囲気すらまるで違うのに、どこか似通った、その――



「いや、それは…」
「ええ、良い夢なんじゃないでしょうか。とても」



俺たちが。
私たちが見るのなら。

上出来だろう、と。

赤黒い闇に身を浸す、昏い夜の向こうから、”こちら側”を覗くまなこが言っている。


同じ夜に身を浸す男は、ふっと、己の手元を見つめて。


違ぇねぇや、と頷いた。




「太一郎さん、それはきっと正夢ですよ。ほら、ここにこうして旦那もいる事ですし」
「お、確かに。いやぁ、ありがてぇなぁ」
「…おい、お前ら」

「おかみさーん、もう一本、いや、二本もってきてくれ」
「おい、こら、勝手に…」
「新春の散財は運が開けるというじゃないですか、旦那。ご祝儀、ご祝儀」
「正月はもう、とっくの昔に終わっている…」

「じゃあ、これはあたしからのご祝儀って事で。一本おまけにつけといてあげるよ」
「や、早速良い事が。今年は良い年になりそうですねぇ」
「ささ、旦那も一杯」
「……まぁ、いいか。おかみ、ついでに何かつまみをもってきてくれ」
「はい、はい。只今…」


年が明けても、変わらぬ日々、変わらぬ夜が来て、今日も六角屋に灯りがともる。

しかしここは、明日をも知れぬ裏稼業に手を染めた”仕事人”たちの宿でもある。

人々の恨みつらみ、血と涙に濡れた金で仕事を請け負い、彼らに代わって江戸に巣食う害虫どもを”退治”する。


「”門松は 冥土の旅の一里塚”……か」
「なんだ、そりゃ? 正月早々辛気臭ぇなぁ」
「飲みが足らないようですね。ささ、旦那」
「「飲んだ飲んだ」」
「あ、ああ……。今年もこんな調子でたかられるのかと思うと、なぁ…」
「「まぁまぁ、ご祝儀、ご祝儀」」
「お前らの正月はいつまで続くんだ……」


昼と夜、日常と非日常の境界線に身を置いて。


たとえ、行き着く先が”退治”した悪党どもと同じ場所であったとしても。

その日が来るまで。


昏い夜を退ける、このささやかすぎる灯りが、願わくば、長く、永く続けばいいと。


三人がそう、思ったのかどうか。




呑み込んだ酒がやけに腑に染みる、年の始まりであった。

tokkuri.jpg


-了-


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「門松は 冥土の旅の 一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」
一休宗純『狂雲集』より。

作:ふじもとたらう

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